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兄弟の証②

今まで教会のみんなに言えてないことがあります。

一昨年の10月ごろに先生方が大学に来てくれて

お昼を一緒に食べたときに

僕のお父さんって何してるのって聞かれて、

その時は自分の中でその問題が解決できて

いなくて話したら泣いちゃうだろうなって思って、

その場はごまかしちゃいました。

それからいつか話さなきゃいけないなと

思っていたのですがなかなか話せずにいました。

教会で月に1回、証をすることになった時に

ここでなら話せるかなと思いました。

お父さんは地方に単身赴任していました。

年に何回かは家に戻ったりお母さんが地方に行くことはあって、

お父さんは無口だったから

そんなには話さなかったけどそれなりに会うことがありました。けど僕が高校2年生の冬の試験期間中に

事故で亡くなってしまいました。

 

当時の僕は今とは違って、

見た目がもっとまじめそうな感じで、

お父さんに似てそこまでいっぱい笑ったりはしなかったし

結構大人っぽい感じの高校生でした。

お父さんは東大を出ていたので

自分も勉強して東大に入るのが

いいのかなって思っていました。

昔も性格は素直だったので先生、

親の言うこととか期待することとかをよく聞いたり、

部活ではまとめたりすることが多くて

結構優等生だったなーって思います。

 

しかしお父さんが亡くなってからは大変でした。

進学校だったので周りは勉強を頑張っているので

学校ではなんとか勉強はするのですが

家に帰ると何もやる気が起きない状態が続きました。

今だったら目標、手本としていた

お父さんが亡くなってしまって、

しかもあまりいい死に方ではなかったので

お父さんのように生きること、

勉強を頑張ることの意義が見出せなくなった。

とか当時の僕は「頑張る」と言う

意識が強くて精神的にも肉体的にも疲れていて

お父さんの死がなかったとしても

「頑張り続ける」もは無理だっただろうな

と分析できます。

でも当時は頑張る意識が強くて

頑張るって言うのは精神的なことを

無視して物事を進めて行くことだと

思っていてその影響で自分の心、

精神的なことを理解して

言葉にする能力があまりありませんでした。

それでお父さんの死に関しても

「お父さんとはあまり話さないし

亡くなったのはショックだったけど大丈夫だろう」

と思っていました。

自分は大丈夫、問題ないと思っていました。

 

でも外から見たら全然大丈夫ではなくて

勉強熱心だったのがあまり熱心ではなくなり、

外見もちょっとぼさっとした感じに見えたと思います。

母親からは毎日のように

「しっかりしなさい、あんたそれで大丈夫なの!」

と言われたり

(でも自分は自分のこと大丈夫だと

思っているから反発していました)、

弟は僕が勉強もできるし部活もまとめているから

僕に対する憧れみたいのがあったのですが、

それがなくなって会話をあまりしなくなりました。

お父さんが亡くなって

家族のみんなは何かしらの変化があって、

お母さんは元からパワフルな人だったのですが、

お父さんが亡くなってから危機感があったのか、

もっとパワフルになったし、

弟は前はちょっと不良ぽかったのが

逆に勉強をするようになり、

野菜ジュースをやけに飲むようになりました。

家族がそれぞれ自分なりに対応する中で

僕はちょっと浮いた感じになっていました。

 

受験勉強は身が入っていなかったので

先生によく怒られ

第一志望の試験の時に試験会場を間違え

試験を受けられず卒業式の前日にも怒られました。

でも大学には受かることができて本当に良かったと思います。

浪人してたらかなり大変だったろうなと思います。

引きこもっていた可能性もあったと思います。

 

大学は学科のメンバーが

結構フレンドリーで友達ができたのと

環境が変わっとことで精神的にも肉体的にも

めっちゃ大変だったところからは脱出できました。

 

そんなこんなしてたら教会に伝道されて、

教会に通うようになりました。

教会に来て、今まで何も関わりもなかった自分に対して、

ご飯食べに行ったりとか話聞いてくれたりとか

してくれたのは結構びっくりして

今でもその時の感情は鮮明に覚えていて

感謝しています。

教会に行くようになってから

自分の心、精神的な問題について

ちょっとづつ考えられるようになりました。

その時は頑張るっていうのは

良くない方向に向かいやすいんだなと

気づいて明るく楽しくした方がいいと思い、

外から見た感じは結構明るいし、

よく笑う印象があったと思います。

でも心のなかには色々問題があって、

自分のことを愛せなかったり、

他の人のことを思いやれなかったり、

将来に結構不安を感じたり、

寂しかったりという思いが強くあることに気がつきました。

 

教会に来るようになってから

それらの問題がちょっとづつ解決されて行きました。

そして洗礼を受けて何ヶ月かした時、

ある小説を読みました。

その小説のストーリーは主人公が

過去にある出来事を体験して、傷を負い、

それが何年も経った後も主人公に

悪い影響を残していて、

それに気づいた主人公がその出来事を調べて行く。

その過程で傷が癒されるというストーリーでした。

この小説を読んだ時に初めて、

お父さんが亡くなったことが

結構自分の内面に大きな影響があったんだなって気づきました。
また教会に来るようになってから、

直接何かがあったわけではないのですが

ギスギスしていた母親との関係が

ちょっとずつよくなっていって、

その小説を読んだ頃に

母親が両親にどんな風に育てられたか、

子育てしている時の話、

そしてお父さんについて

自分が思ってくれていることを話してくれました。
またその時の日々のみ言葉の箇所が

ローマ信徒への手紙だったのですが

その箇所にとても恵まれたのを覚えています。

 

そうした一連の出来事を通して

今までは考えるのが嫌だったんですが、

お父さんって自分に対してどう思ってたんだろうとか、

死ぬ前にどんなこと考えてたんだろとか

考えるようになりました。

またお父さんのために祈る心があたえられました。

 

この証を書いて行く中で

神様が自分のことを愛しているんだなと思いました。

大学に進学できたり、教会に伝道されたり、

本と出会えたり、母親との関係が良くなる

という色々な出来事を通して

導いてくれたんだなと思いました。

この前、伝道された時のことを

伝道してくれた人に聞きました。

駅で Korean Cafe の招待をしていたのですが、

次にもう一人伝道したら終わりにするところで

ちょうど僕が伝道されたそうです。

これからもそんな素敵な導きがあるといいなと思います。

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